展覧会をカタチにする人たち 第2回

地域と美術館の橋渡しをする:吉田映子さん

poster for 1940s - Rediscovery of 20th Century Japanese Art IV

「戦後70年記念 20世紀日本美術再見 1940年代」

三重県エリアにある
三重県立美術館にて
このイベントは終了しました。 - (2015-07-11 - 2015-09-27)

In インタビュー by KAB Interns 2015-09-17

展覧会には企画者としてキュレーター・学芸員以外にもプロデューサー、展示デザイナーなど様々な立場の方が関わっています。しかし、外から見ていると、展覧会を企画するキュレーター・学芸員の職能というものが見えにくいのが現状です。このインタビューでは、現場でご活躍されている方々にお話を伺うことで、「企画者」の意識について探っていきます。

第2回は、三重県立美術館に勤めて4年目の若手学芸員(※1)吉田映子(よしだえいこ)さんです。働き始める前後の学芸員に対するイメージの違いや、日々のお仕事を通して考える美術館のあり方などを中心にインタビューしました。普段、何気なく見に行く美術館の裏にはどんな仕事があるのでしょうか。

※1 学芸員:博物館資料の収集・保管・展示及び調査研究やこれらと関連する事業を行う「博物館法」に定められた、博物館におかれる専門的職員のこと。なお、美術館は博物館の中に含まれる。

―三重県立美術館で働き始めてから現在まで、携わられた展覧会について教えていただけますか。

当館に就職してから手がけた展覧会は全部で3つあります。一番初めに担当したものは「ア・ターブル! – ごはんだよ!食をめぐる美の饗宴 – 」(以下「ア・ターブル!」)です。この展示は「食」をテーマとしていました。1年目の秋から準備を始めて、2014年3月から約2か月間開催しました。

―Kansai Art Beatでも展覧会を取り上げさせていただきました。

ありがとうございます。次に担当した展覧会が「世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』登録10周年記念 カミノ/クマノ – 聖なる場所へ」(以下「カミノ/クマノ」)です。ただ、私は、「ア・ターブル!」で手がいっぱいでしたので、企画の基礎は他の学芸員が固めてくれていました。この展覧会は2014年9月から約2か月開催しました。

―短い期間でたくさん展覧会を手掛けていますね。

何でだろう(笑)3つ目に担当した展覧会は「真昼の夢、夜の寝覚め – 昼夜逆転の想像力 – 」です。これは今年の5・6月に開催しました。この展覧会に関しては反省もたくさんあるのですが、企画段階も含め、とても楽しかったです。また、関連イベントとして三重県立図書館で展覧会構想の元となった本の紹介もしました。

―展覧会だけではなく、関連イベントも企画されるんですね。展覧会の企画の他には、どういったお仕事をされているんでしょうか?

当館が所蔵している作品の貸出業務を行ったりします。今、当館で開催中の展覧会(※2)もそうですが、展覧会を行う際に多くの美術館などから作品をお借りします。貸出業務はその逆で、他館が当館所蔵の作品を借りる際の手続きをすることです。私は貸出業務は結構好きですよ。

※2 三重県立美術館で開催中の展覧会:「戦後70年記念 20世紀日本美術再見 1940年代」(以下「1940年代」)2015年7月11日から9月27日まで開催。

―吉田さんは大学・大学院で美術史を専攻されていたとお伺いしました。研究者として大学に残る道もあったと思うのですが、なぜ学芸員になられたのですか。

大学に残った場合はひとつのテーマをコツコツと研究することになります。でも、学芸員の場合は企画展ごとに新しい研究をします。私は飽きっぽい性格なので、毎回新しいことを研究する方が向いていると思ったので、学芸員を選びました。

―展覧会の企画を通して常に新しいことを勉強したり、新たな作品について知ることができるのは学芸員の魅力のひとつですね。

ー実際に働いてみて、大学在学時に思い描いていた学芸員のイメージとギャップはありましたか。

ギャップはあまりないです。一般の方は学芸員というと、アートの最前線で活躍する華やかな仕事というイメージがあるかもしれません。でも私の場合、学生の頃から「学芸員は雑芸員」というほど業務が多岐に渡り忙しいという話を聞いたり、少しですが「あいちトリエンナーレ(※3)」で働いた経験もあったので、そういった学芸員に対する幻想はありませんでしたね。

※3 あいちトリエンナーレ:愛知県で3年に1度開催される芸術祭のこと。

ー大学時代と実際の学芸員となった今とで作品との接し方は変わりましたか?

作品の見方が大きく変わりました。大学では研究対象として作品を見ていました。でも学芸員になってからは「どうやって作品を保存していくか」という視点からも作品を見る必要があります。美術館の役割のひとつとして作品の保護がありますので。

―作品1つ1つに対して、温度・湿度の管理や照明の明るさなどの知識が必要になってきますね。どうやって作品の保存・保護の勉強をされるのですか。

保存修復担当の方に日常的に教えてもらいながら勉強しています。例えば、館内に変な虫がいたら「こんなんいたんですけど!」って。「それなら大丈夫」とか「これはダメ」など単なる知識ではなく、経験として学んでいる感じですね。

ー学芸員や様々な専門家の方が支えがあって、私たちが美術作品を楽しむことができているんですね。

あと、美術館がどのように地域に貢献できるか、いかに地域の人が楽しめるコンテンツを作るかという視点も学芸員になって学んだことの1つです。大学の研究では、文献を読んで論文にまとめ発表することをやってきました。もちろん学芸員はそれも大事ですが、さらに美術館と地域をつなげる活動も大事です。

例えば、モネとかシャガールとか美術史学的にすごい人だけを単に展示するのではなく、その芸術家と地域の関連性を見つけることです。また、教科書のように伝えるのではなく、こういう価値観もあるんだよってわかりやすく伝えていくことが大事です。そうでなければ、業界の人しか面白くない展覧会になってしまいます。

ー作品と地域の新たな接点を見つけて、身近な存在にしてもらう。多くの人にアートの魅力を理解してもらう上で、とても大事なプロセスですね。

特に当館の場合は県立の美術館ですので、私設の美術館以上に展覧会を通して地域に還元しなければならないと思いますし、アートというものを地域の人に伝えていかないといけないと思います。

―地域の人に展覧会を楽しんでもらうには、テーマが非常に大事になってくると思います。展覧会のテーマはどなたが決めるのですか。

館長が決定するパターンと学芸員が提案するパターンと両方あります。前者の場合は最近取り上げていないテーマや、地域性を考慮して決定します。例えば以前、当館では「空飛ぶ美術館」という展覧会を行ったのですが、これは地域の方にも取りつきやすい、親しみやすいテーマで展覧会を企画しよう、という方針がまずあって、それに即して担当学芸員が調査をし、テーマを絞りこんでいきました。後者の場合は、学芸員の研究テーマを館長に提案して、展覧会の実現が可能かつタイミングが合えば企画させてもらえます。

―開催中の「1940年代」を見せていただいて、作品同士の新たな共通点や個々の作品への新しい解釈など、細かい部分まで時間をかけて構成が考えられていると感じました。

そうですね。「1940年代」だと研究自体は何年も前から行っていました。そして、ついに今年は戦後70年ということもあって、開催する運びとなりました。準備にかけられる時間は、美術館の予算や企画内容など、様々な都合で変わってきます。

―最後に今後の展望について教えてください。

今まで、1人の画家の展覧会をしたことがないので、やってみたいです。あと、大学でピエール・ボナール(※4)の研究を行っていたのですが、彼に関する展覧会はやりたいです。ただ、ボナール1人についての展覧会は、国内所蔵の作品点数も少ないので難しいと思うので、工夫が必要ですが。

※4 ピエール・ボナール:19~20世紀にかけて、フランスで活躍した画家。ゴーギャンに影響を受けた装飾的な画面構成が特徴である、フランスで結成された芸術家集団ナビ派に属する。

私はボナールの風景画について研究していたのですが、風景画って絵画の歴史でいうと新しいジャンルなんです。風景画が多く描かれていたのは印象派の時で、そのあとはいわゆる「The 風景画」というものは、絵画の中ではあまり登場しません。でも、今は写真やインスタレーション、それこそ地域を発掘するような現代アートなどにも「風景」は様々なところに存在しています。

この当たり前に存在している「風景」を印象派時代には絵画というジャンルでしか見られなかったのに、今は様々なジャンルで「風景」を扱っています。美術史という文脈からみると、現代は特異な時代だと思います。今、我々の回りにある風景って何なのかを思い返すような企画ができたら面白いなと。そして、今の風景への問いかけの後に、ボナールを見返すような展示ができたらうれしいです。

<取材を終えて>

県立美術館の学芸員というと、多岐に渡る業務の忙しさに加え、公共の施設という責任ある立場から、大胆な取り組みが難しい印象がありました。しかし、吉田さんへの取材を通して、展覧会を企画する過程で「地域の人々・作家を巻き込む新鮮なアイディア」の必要性を実感できました。今後の吉田さん、三重県立美術館の取り組みから、美術館と地域の新しい関係が見えてくるかもしれません。

吉田映子(よしだえいこ)
三重県立美術館・学芸員。大学・大学院を通してピエール・ボナールの風景画や素描の研究を行う。 「ア・ターブル! – ごはんだよ!食をめぐる美の饗宴 – 」、「真昼の夢、夜の寝覚め – 昼夜逆転の想像力 – 」など入社してから短期間で様々な展覧会を担当し、精力的に活躍されている。

[KABインターン]
北岡佐和子:現在、某芸術系大学の通信学部生として学芸員の資格を取るため勉強中。活動のフィールドを広げたいと考え、Kansai Art Beatの門を叩く。最近はどうやったらミニマルに生きていけるか考えている。

[インターンプロジェクト]
本企画はKansai Art Beat(以下略KAB)において、将来の関西のアートシーンを担う人材育成を目的とするインターンプロジェクトの一環です。インターンは六ヶ月の期間中にプロジェクトを企画し、KABのメディアを通して発信しています。

KAB Interns

KAB Interns . 学生からキャリアのある人まで、KABの理念に触発されて多くの人達が参加しています。2名からなるチームを6ヶ月毎に結成、KABの中核といえる膨大なアート情報を相手に日々奮闘中!業務の傍ら、「課外活動」として各々のプロジェクトにも取り組んでいます。そのほんの一部を、KABlogでも発信していきます。 ≫ 他の記事

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